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2020.11.01

坂田金時(金太郎)のお話

小山町にとって欠かせないキャラクターである「金太郎」は、「坂田金時」という名で歴史上に実在した人物とされています。 彼が活躍したのはおとぎ話の中だけではなかったのです。

足柄山に住んでいた金太郎はたいへんな力持ちで、熊と相撲をとったり、鹿や猿と野山を駆け回って遊んでいました。

ある日、金太郎が動物たちと散歩をしていると、川に行きあたりました。川には橋が架かっておらず、向こう岸には渡れそうもありません。動物たちが困っていると、金太郎は川辺に立っていた大木を引っこ抜き、川に渡して橋にしました。

これが偶然その場に居合わせた都からやってきた侍の目に留まり、金太郎は都へ行くことになりました。彼は都で武芸に励み、やがて坂田金時と名乗ります。

言い伝えでは彼は21歳の時、平安時代中期の武将、源頼光に見出され、渡辺綱、碓氷貞光、卜部季武とともに頼光の四天王といわれました。

源頼光は当時大いに権力をふるった藤原摂関家に仕える武将であり、その配下となったということはたいへんな出世であったといえるでしょう。

坂田金時1

 

大江山において、有名な「酒呑童子」を退治したのも、頼光と彼が率いるこの四天王とされています。

そののち九州に暴徒が侵攻してきたとき、頼光らは討伐に向かいました。

しかし、その途中に寒さと雪に阻まれ、現在の岡山県勝央町にしばらく滞在したのです。

この時、金時は重い熱病にかかり、頼光らの看病のかいなく、亡くなってしまったのです。頼光は勝央町の丘に金時を手厚く葬りました。

この故事が由来となって、勝央町と小山町は昭和48年(1973年)11月24日に姉妹都市提携を結びました。

余談ですが、「坂田金時」でインターネット検索すると、思いもかけない画像が出てきます。オンラインゲームで最強のキャラクターとして登場するらしいです………